なぜ「お受験エリート」は間違えるのか――。「『皆が言っていること』を鵜呑みにして『事実』を見ようとしないからだ」と『デフレの正体』著者・藻谷浩介さんはいう。全国をくまなく歩き、現場を知悉する理論家が、日本経済に関わる疑問に答える。
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日本政策投資銀行 特任顧問 藻谷浩介(もたに・こうすけ)
1964年、山口県生まれ。88年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。米国コロンビア大学ビジネススクール留学、日本経済研究所出向などを経て、10年参事役、12年より現職。11年4月には政府の復興検討部会の委員に選ばれた。
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「××性」「××率」「1人当たり××」という数字は、慎重に扱ったほうがいい。経済学に通暁しているような人でも、それが分数であることを忘れたまま議論を進めているようなことが少なくない。
例えば「出生率」。出生率が下がれば子どもが減る、と考える人がいる。だが、出生率とは、子どもの数を親の数で割った数字である。出生率が下がったからといって、子どもの数が減るとは限らない。逆に、親の数が減れば、出生率が上がっても、子どもの数は減る。実際に、厚生労働省の「人口動態統計」によれば、合計特殊出生率は05年に1.26と過去最低を記録してから09年まで一貫して上がっているが、09年の出生数は107万人で、05年の106.3万人に次いで少なかった。
つまり、「割り算」した数字と絶対数とは、同じ土俵で扱ってはいけないということだ。2つの変数があるのに、片方だけで説明することはできない。これこそ、典型的な「率」の落とし穴である。だが、これにはまると、とんでもない見当違いを引き起こすことがあるのである。同じように「高齢化率」も、率に惑わされて、誤った認識が広がっている。
ある専門家は「高齢化率の高い地方はこれから大変で、高齢化率の低い首都圏は今後も元気である」と話していた。一見もっともらしく聞こえるが、ここでも「絶対値の増減」という変数が抜け落ちていた。高齢者の絶対数の増減で見てみれば、実は東京や大阪といった高齢化率の低い都市こそが、これから最も厳しい事態を迎えることがわかる。国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、首都圏1都3県では、2015年には10年前に比べて65歳以上は269万人、75歳以上は154万人も増える。率にして、それぞれ45%増と63%増という事態だ。
高齢化とは、そもそも高齢者の絶対数の激増のことだ。にもかかわらず、「高齢化=高齢化率の上昇」という抽象化が行われたことで、誤解が生じている。爆発的な介護需要に対して、厳しい行政運営が迫られることになる。
また高齢化率を論拠に、都市と地方という「地域間格差」を問題視する議論が蔓延している。だが人口が流入する首都圏でも現役世代の減少が加速している。地域間格差といった問題は50歩百歩であり、むしろ日本人の加齢により、現役世代の減少と高齢者の激増という現象が日本中を襲っている。地域間格差ではなく、日本中の内需不振が、「不景気」の原因なのだ。
■沖縄の個人所得が伸び続けている理由
一方、意外に思われる人が多いのだが、日本で唯一、消費が増えている県は沖縄県である。個人所得も小売販売額も、バブル崩壊以降に一番伸びた都道府県である。理由はシンプルだ。沖縄県は、就業者数が順調に増加を続けてきたからだ。
「沖縄は失業率が高く、有効求人倍率も低いはずだが……」と思う人もいるだろう。これも「率」だ。失業率が景気動向を示す、という認識があると、見当外れな間違いを犯すことになる。
日本一出生率が高く、15歳を超える若者が人口比では首都圏よりも多い。
また、ほかの都市圏で人数の多い30年代後半生まれの高齢者の多くが、沖縄戦の惨禍で亡くなられている。だから沖縄では65歳以上の高齢者が県人口に比べて相対的に少なく、就業者の増加が続いた。県を出る若者も失業する若者も多いが、地元でベンチャーを開業して職をつくり出そうとする若者も多い。このため個人所得が増えて、モノ消費も増えているのだ。
失業率を見るときには、一緒に失業者数を見なければいけない。米国経済の基本指標には「非農業部門の雇用者数の増減」が使われている。もちろん失業率も重要な経済指標だが、あくまでメーンの数字ではない。報道も、「失業率は下がったけれど雇用数は減っている」「失業率は上がったが雇用数は増えている」といった「絶対値」と「率」を組み合わせた形で行われる。それは第1に地域経済を左右するのは雇用の増減であり、第2に失業率や有効求人倍率は必ずしも雇用の増減とは連動しないものだからだ。
※すべて雑誌掲載当時
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日本政策投資銀行 特任顧問 藻谷浩介(もたに・こうすけ)
1964年、山口県生まれ。88年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。米国コロンビア大学ビジネススクール留学、日本経済研究所出向などを経て、10年参事役、12年より現職。11年4月には政府の復興検討部会の委員に選ばれた。
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「××性」「××率」「1人当たり××」という数字は、慎重に扱ったほうがいい。経済学に通暁しているような人でも、それが分数であることを忘れたまま議論を進めているようなことが少なくない。
例えば「出生率」。出生率が下がれば子どもが減る、と考える人がいる。だが、出生率とは、子どもの数を親の数で割った数字である。出生率が下がったからといって、子どもの数が減るとは限らない。逆に、親の数が減れば、出生率が上がっても、子どもの数は減る。実際に、厚生労働省の「人口動態統計」によれば、合計特殊出生率は05年に1.26と過去最低を記録してから09年まで一貫して上がっているが、09年の出生数は107万人で、05年の106.3万人に次いで少なかった。
つまり、「割り算」した数字と絶対数とは、同じ土俵で扱ってはいけないということだ。2つの変数があるのに、片方だけで説明することはできない。これこそ、典型的な「率」の落とし穴である。だが、これにはまると、とんでもない見当違いを引き起こすことがあるのである。同じように「高齢化率」も、率に惑わされて、誤った認識が広がっている。
ある専門家は「高齢化率の高い地方はこれから大変で、高齢化率の低い首都圏は今後も元気である」と話していた。一見もっともらしく聞こえるが、ここでも「絶対値の増減」という変数が抜け落ちていた。高齢者の絶対数の増減で見てみれば、実は東京や大阪といった高齢化率の低い都市こそが、これから最も厳しい事態を迎えることがわかる。国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、首都圏1都3県では、2015年には10年前に比べて65歳以上は269万人、75歳以上は154万人も増える。率にして、それぞれ45%増と63%増という事態だ。
高齢化とは、そもそも高齢者の絶対数の激増のことだ。にもかかわらず、「高齢化=高齢化率の上昇」という抽象化が行われたことで、誤解が生じている。爆発的な介護需要に対して、厳しい行政運営が迫られることになる。
また高齢化率を論拠に、都市と地方という「地域間格差」を問題視する議論が蔓延している。だが人口が流入する首都圏でも現役世代の減少が加速している。地域間格差といった問題は50歩百歩であり、むしろ日本人の加齢により、現役世代の減少と高齢者の激増という現象が日本中を襲っている。地域間格差ではなく、日本中の内需不振が、「不景気」の原因なのだ。
■沖縄の個人所得が伸び続けている理由
一方、意外に思われる人が多いのだが、日本で唯一、消費が増えている県は沖縄県である。個人所得も小売販売額も、バブル崩壊以降に一番伸びた都道府県である。理由はシンプルだ。沖縄県は、就業者数が順調に増加を続けてきたからだ。
「沖縄は失業率が高く、有効求人倍率も低いはずだが……」と思う人もいるだろう。これも「率」だ。失業率が景気動向を示す、という認識があると、見当外れな間違いを犯すことになる。
日本一出生率が高く、15歳を超える若者が人口比では首都圏よりも多い。
また、ほかの都市圏で人数の多い30年代後半生まれの高齢者の多くが、沖縄戦の惨禍で亡くなられている。だから沖縄では65歳以上の高齢者が県人口に比べて相対的に少なく、就業者の増加が続いた。県を出る若者も失業する若者も多いが、地元でベンチャーを開業して職をつくり出そうとする若者も多い。このため個人所得が増えて、モノ消費も増えているのだ。
失業率を見るときには、一緒に失業者数を見なければいけない。米国経済の基本指標には「非農業部門の雇用者数の増減」が使われている。もちろん失業率も重要な経済指標だが、あくまでメーンの数字ではない。報道も、「失業率は下がったけれど雇用数は減っている」「失業率は上がったが雇用数は増えている」といった「絶対値」と「率」を組み合わせた形で行われる。それは第1に地域経済を左右するのは雇用の増減であり、第2に失業率や有効求人倍率は必ずしも雇用の増減とは連動しないものだからだ。
※すべて雑誌掲載当時