瀧本哲史「リーダーがいなければ自分がなれ」

日本の新しいモデルを創る「新世代リーダー」とはどんな人なのか。どんな能力、教養、マイ ンドセット、行動が必要となるのか。国内外のリーダーを知り尽くした、各界の識者たちに「新世代リーダーの条件」を聞く。

第2回目は、京都大学客員准教授でエンジェル投資家の瀧本哲史さんが、これからの日本に求められるリーダー像について語る。

  昨年から今年にかけて、『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』という3冊の本を出版した。

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 それ以来、エスタブリッシュメントの組織の比較的若い人たち、主に30、40代の人たちが私にコンタクトしてくるようになった。最近は、非常に硬直的なイメージが強い中央官庁で講演をしたし、日本を代表するエレクトロニクスメーカーからも話を聞かせてほしいと依頼があった。


 これらは起きていることのほんの一部で、私の本を読んで、自分で何かをやろうという人が出てきているように感じる。


 結局、新しい流れを作るのは世代交代。歴史を振り返っても、新しい動きを作った人はみんな若い人だ。ただ、その若い人たちは、若い人だけで何かをやったのではなく、必ず前の世代のサポートを受けている。


 「これからの時代に、どんなスキルが必要なのですか」とよく質問される。だが、何か特定のスキルがあるかどうかは、さほど重要ではない。


 新しい条件においては、既存のスキルとは違う新しいスキルが必要になる。だから、まずは新しい状況に飛び込んで、実践を通じてスキルを身につけていくほうがいい。若い人はとくに学習速度が速いので、そちらのほうが効率的だ。


 そもそも、スキルよりも、ビジネスと関係のない教養のほうが役立つことも多い。 最近、講演をするときに、「ワイマール共和制を知っていますか」と聴衆に尋ねているが、知らない人が多い。受験勉強で、日本史や地理のほうが点数をとりやすいから、みんな世界史をしっかり勉強していない。


 しかし、ワイマール共和制の知識は極めて重要だ。ナチス・ドイツが出現する前に、ドイツは極めて理想的な憲法を制定し、理想的な民主主義国家をつくろうとした。しかし、それはうまくいかず、人々は絶望してナチスによる独裁を選んだ。


 そうした歴史な経緯を知っていれば、これからの日本で起きかねない怖いシナリオがすぐ理解できるようになる。それこそが教養の本質であって、世界史の年号や言葉を暗記することに意味はない。


■ 山中さんはなぜノーベル賞を取れたのか


 これからの時代に求められるのは、中央集権的なリーダーではなく、群雄割拠的なリーダーだ。リーダーというとき、われわれは大きい組織のリーダーをイメージしがちだが、真に必要なリーダーは、最初は一人だったりする。


 たとえば、ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんも、賞につながるきっかけは、臨床医に挫折した後、奈良先端科学技術大学院大学で研究者として働いているときにあった。


 日本の劣悪な環境に絶望しながらも、何とかメンバーを集めるために、みんなと違う研究テーマに取り組もうとして、独立行政法人の科学技術振興機構に予算を申請した。審査会では、ほとんどの人が「この研究はやめるべきだ」と反対した。ところが、元大阪大学総長の岸本忠三さんだけが、「これはやるべきだ」と言って予算がついた。それが、ノーベル賞受賞へとつながった。


 だから、今求められているのは、山中さんのように、リスクが高い、うまくいくかどうかわからないことを最初に始める人だ。


 リーダーの仕事とは、大企業のサラリーマンたちのやる気を無理やり出させることではない。そういうリーダーは日本に余っている。本当に必要なリーダーは、何もないところから始める一人目だ。もし、そういうリーダーが周りにいないなら、あなた自身がリーダーになって、新しいことを始めればいい。

トラブルゼロ、希望者殺到…人気シェアハウスの秘密

 少子高齢化の影響で不動産の入居率が低下し、不動産が遊休資産化する現象がますます深刻化している。そうした状況を打開する方法の1つとして、不動産をシェアハウス化するオーナーが近年増えている。大手不動産業者の調査では、この8年でシェアハウスは26倍に増えているといい、特に東京では人気だ。


 シェアハウスは、複数の入居者がそれぞれ個室を持ち、キッチンやリビング、バス、トイレなどの設備を共用しながら暮らす共同住宅だ。似たような言葉として「ゲストハウス」というのもあるが、こちらは主に旅行者などが対象の短期滞在用だ。


 日本でシェアハウスが広く知られるようになったのは最近だが、米国のテレビドラマ『フレンズ』にも出てくるように、欧米各国では昔から一般的な居住形態である。海外では若者が家庭から離れて自立する際、日本のようにワンルームマンションや1Kアパートなどを借りるのではなく、同年代の何名かが共同でマンションや一戸建て住宅を借りるケースが多い。兄弟や親しい友人同士で住む「ルームシェア」に対し、外部の事業者により管理・運営され、まったくの他人同士が住む施設を「シェアハウス」と呼ぶ。


 シェアハウス事業の具体的な方法は、専有面積60〜100平方メートル以上の物件をオーナーからできるだけ安く借りて、1物件に10人以上住めるようにリフォームして、貸し出すという流れになる。「入居者からもらう家賃」から「オーナーに払う家賃+運営にかかる経費」を差し引いた分が利益となる。業者は、物件の確保から内装の工事、入居者集客、物件管理と、運営物件に関わることは上流から下流まで全業務を担当することになる。自社物件を買うのはリスクが大きいため、オーナーからサブリースした物件をシェアハウス化するというのがミソだ。物件を安く借りるには、古い物件のほうが好都合で、築30年でも40年でも問題はない。どんなふうにリフォームするかというアイディアこそが勝負である。独自性のあるシェアハウスに人気が集まるのが最近のトレンドだ。


 例えば、昨年7月、東京・港区元麻布にオープンした「元麻布農園レジデンス」はその格好の例だ。元麻布といえば、山手線の真ん中に位置し、古くから東京有数の高級住宅地として有名だが、そこに農園がついたシェアハウスがある。玄関を出ると畑が広がり、毎朝水をやって成長を見守りながら育てた有機野菜は、住人みんなで食べている。ここは以前、外国人向け住宅で、4世帯が住んでいた建物だった。それが17部屋と36畳のコミュニティラウンジにリフォームされた。自然とのふれあいを取り戻すこと、そして、地域交流の拠点となるシェアハウスをコンセプトとしており、近隣の子供たちが野菜づくりを体験できる『キッズ土育』やバーベキューパーティーなど、さまざまなイベントを開催している。


●独特な運営ノウハウが必要なシェアハウス


 シェアハウス事業を展開しているのは中小の不動産関連企業やベンチャーが多く、どちらかといえば大手が参入しにくいニッチな市場である。その理由は、シェアハウスの管理・運営およびテナント募集には独特なノウハウが必要であり、一般賃貸より確実に手間がかかるからだ。よって、シェアハウスを扱ったことのある業者はほんのひと握りというのが現状だ。


 シェアハウスの「バウハウス」シリーズを東京・横浜の5カ所で運営する大関商品研究所は、業界では有名な会社で、もともとは店舗設計・プロデュースなどを手がける会社である。いずれのシェアハウスも、中古住宅をリノベーションした個性的な空間が特徴だ。


 例えば、「バウハウス南千住」は、以前は社員寮として使われていた築30年以上の典型的な和風木造建築。室内はアンティーク調の装飾が施してあり、和洋折衷の「大正浪漫」、あるいは昭和の風情ともいうべき佇まいになっている。8月末現在、12ある部屋はすべて満室だった。空き部屋が出て募集を出すと、すぐに埋まるという。同社の担当者は、このビジネスについて「古いものを生かしながら、いかに付加価値をつけて新しい形にするかがポイント」と語る。


 入居者間のトラブルは、まったくない。管理・運営の秘訣の1つは、入居希望者に対し行われる面接だ。最低限のルールを守って共同生活できる人しか、入居を認めていない。例えば、使った食器は洗っておくとか、食料や調味料などの私物は個人のロッカーに入れておくなど、キッチンのような共有スペースでは最低限のマナーがある。また、外から友人が遊びに来る際は、リビングに置いてある連絡用ノートにあらかじめ書いておくのもルールだ。入居希望者の人物像を見極める目が、大きなポイントになるのである。


 シェアハウスの管理・運営に慣れていない業者が、一般賃貸の部屋貸し気分で安易に始めると、入居者間やシェアハウス内でトラブルが起きる可能性もある。管理が悪いとゴミが散乱して不衛生になったり、設備が壊れるなどして、結果的に入居者が居着かなくなり、物件の資産価値も下がってしまう。適切なルールを設け、こまやかに気を配れる管理体制が必要というわけだ。シェアハウス運営会社の中には、自社の社員が管理人兼務で物件に住んでいる例も少なくない。


●メール世代が求めるリアルなつながり


 不動産のオーナーにとって、物件をシェアハウス化するメリットは、アパートやマンションよりも入居率が高いということに尽きるが、入居者から見たメリットは何か?


 シェアハウスの入居者層は、どこも女性が圧倒的に多い。約7割が女性という統計もある。男性に比べてテリトリー意識が低く、他人との共同生活に抵抗感が少ないということだろうか。男性よりも一人暮らしの危険性が高いので、大勢で暮らしたほうが安全と考える女性が多くても不思議ではない。また、都会で娘を一人暮らしさせる親にしてみれば、シェアハウスのほうが安心なのはまちがいない。年齢的には、男女問わず、20代前半〜30代前半で全体の8割強を占めているらしい。


 一般的にシェアハウスの魅力として、「費用が安い」「入退去が簡単」「コミュニケーションが広がる」「一人暮らしより安心感がある」などが挙げられる。冷蔵庫や洗濯機、キッチン用品などが共同で使用できるために準備する必要がなく、それだけ初期費用がかからないのは事実だが、月々の家賃は、実はそれほど安いわけではない。前述した「バウハウス南千住」は、4畳半と6畳の部屋があり、家賃は部屋によって57,000円〜82,000円と異なる。この界隈のワンルームマンションの相場と比べて決して安いわけではないのだが、それでも満室状態が続いているのは、運営会社が生み出す「付加価値」の魅力なのだろう。


 取材したとき、「元麻布農園レジデンス」の入居者の1人は「震災以降、生活空間が閉じられた中で不安を感じるようになった。会社や家族以外のコミュニケーションが気持ちいい」と言っていた。おそらく、震災はきっかけの1つに過ぎないのではないかと筆者は考える。人間関係が希薄なインターネット全盛の時代、潜在的な寂しさを抱える若者は少なくないに違いない。20代の若者は、用件はなんでもメールで済ませる世代だが、だからこそ本当はリアルなコミュニケーションを求めているのだろう。


 シェアハウス入居者の勤務先の業種は、「通信・ITソフト開発」が比較的多くて全体の2割強だという調べもある。プログラミングのような仕事をしていたら、家に帰ってきたときに、誰かと話をしたくなるのは容易に想像がつく。時代が“個”に向かえば向かうほど、シェアハウスの人気が高まるのかもしれない。

(文=横山渉)

なぜ日本はEVの普及を急ぐべきなのか(その6)――バイオ燃料車よりEVの理由 - 山田 高明

2012年3月10日の「池上彰スペシャル」では、東日本大震災の約1年後ということで、エネルギー問題を特集していた。そこで大きく紹介されていたのが、バイオ燃料産業の成功モデルとされるブラジルの事例だ。


同国は70年代の石油ショックを機に、代替燃料としてエタノールに目をつけ、プロアルコール政策を実施。国内の広大な農地を利用してサトウキビを栽培し、低コストでのバイオエタノールの大量生産を実現した。一方、需要サイドにおいては、ガソリンとエタノールをどのような比で混合した燃料でも給油可能なフレックス車(FFV=flexible-fuel vehicles)を開発し、石油に頼らなくてもすむ自動車交通システムを実現した。


このブラジルモデルは、2000年代後半から石油価格が高騰して以降、世界的な注目を浴びている。また、日本の反原発派や自然エネルギー論者の中には、電力会社の販促材料であり原発推進の道具という理由からEVを忌避している人たちもいて、彼らはその対案としてバイオ燃料に期待を寄せている。実際のところ、自動車をバイオ燃料で走らせるという選択は「あり」なのだろうか? 今回はそこのところを探求してみたい。


ブラジルモデルが日本に適さない理由

小泉達治氏の『バイオエネルギー大国ブラジルの挑戦』(日本経済新聞社)によると、燃料用バイオエタノールの生産では、1位のアメリカが5009万kl、2位のブラジルが2553万klであり、この二カ国で世界の9割を占めるという。ただし、アメリカは主な原料にトウモロコシを使い、ブラジルはサトウキビを使っている。また、エタノールのカロリーは石油系燃料の約7割に過ぎないので、その分は割り引いて考える必要がある。


生のサトウキビを齧った経験のある人なら分かると思うが、淡い、さわやかな甘さで、搾った糖汁はそのままジュースとして飲むことができる。この糖汁は、エタノールと砂糖生産とに別けることができる。同書によると、ブラジルの工場は約7割が両方を生産しているという。そのため、市場の動向を見据えながら、両者の生産比率を臨機応変に調節することができる。また、サトウキビの絞りかすである「バガス」を熱源や発電のためのバイオ燃料として利用することで、生産に要するエネルギーを自家調達し、かつ売電収益まで得ている。このように、独自の方法で収益の最大化とリスクの分散を図っている点が、ブラジルのエタノール産業のユニークなところである。


小泉氏によると、09年におけるブラジルのサトウキビ収穫面積は860万haで、生産量は6億2902万トン。うち、砂糖生産が3265万トン、バイオエタノールが2781万kl、バガス生産が1億4800万トンである。ブラジルは輸送用燃料需要の約2割をこのエタノールで賄い、一部を輸出に回している。リッターあたりの生産コストは、世界の全バイオ燃料の中でも最安であり、同国のガソリン供給コストよりも安い。しかも、サトウキビを原料とする場合、バイオ燃料生産が実質的に食料と競合しない。


注目すべきは、エネルギー収支のレシオである。同書によると、05年度の統計では、サトウキビ生産1トンあたりの投入エネルギーが233・8MJ(メガジュール)に対して、産出エネルギーがバイオエタノールとバカスによる熱電供給あわせて2185・2MJである。つまり、レシオは約9・3倍なのだ。ちなみに、アメリカのトウモロコシ由来のエタノール生産の場合、レシオは1を少し上回る程度か、下回るケースもあるというから、この数値がいかに優れているかが分かろう。


しかも、同書によると、ブラジルは11年度の電力のうち、水力で66%、バガスを中心としたバイオマスで約7%を達成している。つまり、電力部門がほぼ持続可能性を獲得しているのだ。ブラジル政府は、20年度には、エタノール生産を6千万kl以上に、バガス由来電力を15%に引き上げる予定でいるという。しかも、ここでは詳しく触れないが、ブラジルは石油などの地下資源や食料自給率の点でもたいへん恵まれている。今後、諸々の資源供給が逼迫し、各国の生存競争が厳しさを増すと想像されるが、その中にあってブラジルがもっとも生き残りのための条件に恵まれた国であることは明らかである。


このように、ブラジルは持続可能な社会に向けた歩みにおいて、独自のモデルを創り上げ、他国をリードしている。だが、この、せっかくの“未来世紀ブラジル”モデルは、ほとんど日本の手本にならない。今言ったように、ブラジルのサトウキビ農地は860万haであり、エタノール生産は2781万klである。対して、日本の耕作地は460万haしかなく、年間のガソリン需要は約5800万klもある。このことから、仮に日本の全農地を使ってサトウキビを生産し、その糖汁をすべてエタノール生産に振り向けたとしても、ガソリン需要の半分も満たせれば御の字といったところなのである。


むろん、現実には、米や野菜を作るのをやめてバイオ燃料を生産するという選択自体ありえない。つまり、日本の場合、作物系のバイオ燃料だと最初から自給の望みはない。ブラジルの成功モデルは、あくまで同国の「地の利」に拠るところが大きい。だいたい、ブラジルやアメリカのように広大な農地をもつ国でさえ、今現在、バイオ燃料で自動車需要を賄うことはできない。ブラジルは将来的に可能かもしれないが、アメリカはまず不可能だ。よって、一部地域の産業ならともかく、国としてはありえない選択である。


オーランチオキトリウムではなぜ石油需要を満たせないのか?

というわけで、日本の場合、「藻類」がバイオ燃料生産において本命視されている。アメリカでのバイオエタノール生産が食料の需給バランスを崩し、価格の高騰を招いたり、環境へ悪影響を与えたりしたことから、世界的にも、農作物の非可食部分・草木・植物プランクトン等を利用した「第二世代」への移行がすう勢だ。


藻類を使うメリットとして、一般に次のような理由が挙げられている。


第一に、非食用のため穀物や飼料との競合がない。第二に、培養に際して農地を使う必要がなく、荒地・砂漠などの不毛地でも構わない。とくに閉鎖型や容器内培養なら悪天候による被害もなく、工業的に安定生産できる可能性がある。第三に、種類や培養法によっては、燃料生産能力が1haあたり年間100klとも言われている。これは農作物としてもっとも成績のよいサトウキビやオイルパームの20倍前後の効率だという。第四に、光合成系の場合、発電所や工場などの排ガスが成長促進剤として二次利用できる。実際に、大気や水の浄化剤として使ったうえ採油もするという一石二鳥の培養方法も開発されている。第五に、海藻を利用する方法ならば、広大な海域が利用できる可能性がある。


まさに、日本のように土地の狭い国ではうってつけの方法である。先行するアメリカでは、すでに複数のベンチャー企業によるパイロットプラントが稼動している段階で、エクソンモービルなどが巨額の投資をしている。日本でもデンソーやJX日鉱日石エネルギーなどが取り組んでいる。まだ経済性に難があるが、藻類から作られるバイオ燃料が「第二の石油」として本格的にデビューする日も、そう遠くはないと思われる。


ところで、オイル生成藻類として、近年、日本で急速に知己を得たのが、筑波大学の渡邉信教授が09年に沖縄の海で発見した「オーランチオキトリウム」である。その特徴は30℃なら約2時間で倍になるという驚異的な増殖能力だ。渡邉教授によると、このオーランチオキトリウムを使えば、日本の石油需要を賄うことも可能かもしれないという。


たとえば、効率的な生産システムの採用により、2万ha(10km四方の土地が二枚分)の培養プールがあれば「2億トン=約2億6千万kl」のバイオ燃料の生産が可能だそうだ。しかも、有機物を食べる藻類のため、下水処理施設との統合運用が可能だ。すでに仙台市と渡邊教授は共同で、東日本大震災で被害をうけた下水処理施設を使い、オーランチオキトリウムによるバイオ燃料生産の実証テストを始めている。うまくいけば、東北の被災農地などにも活用でき、復興の足がかりにもなると期待される。


私は、この渡邉教授の活動を全面的に支持している。復興予算も真っ先に仙台市と渡邊教授の試みに投入すべきだと思う。将来的に、日本中の下水処理施設で、こういった液体燃料やガス燃料が生産されるべきだ。ただ、今日の石油需要を賄えるかというと、その点は疑問である。「次の文明はメタン文明である(後半)」の「国産バイオ燃料で自動車需要を賄うことは難しい」で触れたことと被るが、以下のような理由があるからだ。


オーランチオキトリウムは有機物を食べて増殖する「従属栄養藻類」である。ゆえに、燃料生産力は、餌となるバイオマスの供給量にどうしても規定される。


農林水産省によると、09年、国産・輸入を併せた食糧のうち、食品仕向量が9068万トンで、飼料へ向かうのが2655万トンである。ただし、食品仕向量のうち、約1900万トンが捨てられ、残る約7千万トンがわれわれの口へと入る。つまり、日本に住むヒトと家畜の食糧をすべて合計しても年間で1億1723万トンなのだ。どうやって石油生成藻類の餌となる2億トン分の生物資源を別途確保できるのだろうか。仮に全国民が飲まず食わずで、食糧をすべて培養プールにぶち込んでも、なお2億トンには届かないのが現状だ。


むろん、バイオマスが生産されるのは農地だけではない。より広大な森林からもバイオマスが供給される。ただし、それはほとんど木材だ。『森林・林業白書』等から試算すると、約2500万haの森林から、毎年4千万立方メートル以上の蓄積が生じている。ところが、日本の木材需要は約7千万立方メートルなのだ。つまり、再生可能分は需要に届いていないのである。現状、輸入木材が四分の三を占めているから、蓄積が生じているにすぎない。しかも、バイオ燃料の原料としては、木材は質的に問題があるし、仮に技術的に問題をなくしても、このデータからすると、そもそも国産に余剰分はないと考えるべきだろう。


バイオ燃料は自動車にではなく船舶・航空機へ回せ

このシリーズで述べているように、日本の自動車燃料需要は約9千万klだ。また、これとは別個に、船舶・航空機が1千万〜1500万klの燃料を消費している。


この9千万klものバイオ燃料を生産することは、以上のように、バイオマス供給に制約される「従属栄養藻類」では不可能だ。ならば、「光合成藻類」のほうが有望なのだろうか。たとえば、優れた品種や培養法を使えば、1haあたり年間100klの生産が可能と言われている。渡邉教授のボトリオコッカスならば、それだけの量に加え、藻細胞が自ら油を外へ分泌するため、従来の採油工程をほとんど省くことも可能だという。また、筑波バイオテック研究所のNSX(New Strain X)や、神戸大学の榎本平教授が品種改良によって創りだした榎本藻といった、有望な藻類が他にも続々と登場している。


だが、「光」を直接利用するとなると、今度は太陽電池と競合する。このシリーズの「その1・持続可能なエネルギーシステムへの道筋」では、こう述べた。


『考え方としては、同じ地表1平米に降り注ぐ約1kWの太陽エネルギーを使って、「太陽光発電→EV」と、「バイオマス生育→バイオ燃料車」のどちらが優れた選択か、ということである。同じ太陽エネルギーの間接利用でも、前者の方法ならば将来的に自動車エネルギーの自給自足が可能だが、後者ならば無理だ。』

この「バイオマス生育」を「光合成藻類培養」と変えても同じことである。以下に、同じ太陽光をエネルギー源とするEVとバイオ燃料車を比較してみよう。


現在、太陽電池の市販品でもっとも変換効率の高いものが「単結晶シリコン型」であり、その効率はだいたい20%である。一方、日本の全自動車をEV化した場合、年間に最大3千億kWhもの電力が必要と考えられる(その訳は「日本国のエネルギーの流れと超省エネ法の紹介」などで述べた)。これだけの電力を供給するためには、15万ha(1500平方キロ)の発電面積が必要だ。実スペースはこの数割増しと考えればいい。


東京都が22万haであることを思えば、だいたい広さが想像できよう。しかも、何も農地である必要はない。家の屋根、ビルの屋上、あるいは壁や車のルーフなど、現状、デッドスペースとされる経済的に無価値な場所をできるだけ利用すればよい。ただ、コスト的にいえば、地熱や風力を電源にしたほうがいいが、これはまた別の話になる。


対して、同じ15万haを使って、光合成藻類がどれだけのバイオ燃料を生産できるかというと、最大で1500万klにすぎない。仮に自動車需要を賄おうとすれば、その6倍もの面積が必要になってしまう。従属栄養藻類ならば培養槽を立方体で考えることができるが、太陽光の入力に依存する光合成藻類の場合、どうしても面積基準になってしまう。ちなみに、ブラジルのサトウキビ畑の場合、1万haあたり3万kl前後であり、砂糖生産をすべてエタノールに振り替えても、せいぜいこの倍くらいだと考えられる。


以上のことから、「9千万klにおよぶ自動車燃料需要を光合成藻類で賄おう」という発想も非現実的だ。同じ太陽光を利用するなら、最初から太陽電池を使ってそれを電気に変換し、モーターに投入したほうが、はるかに効率が高い。また、将来的にも自動車エネルギーの自給自足が可能と考えられる。対して、バイオ燃料では、作物系・藻類系の区別を問わず、どのような手段を用いてもそれが困難であり、選択としては完全にアウトだ。おそらく、それを例外化する唯一の方法があるとすれば、広大な海域への進出である。


なぜこのような差が生じるのだろうか。元が太陽エネルギーであることを思えば、それほど不思議な話ではない。サトウキビなどの植物も、ボトリオコッカスなどの光合成藻類も、まず自分が生きるために太陽エネルギーを消費する。それを挟む形になる人間は、どうしても二次消費者の地位へと貶められてしまう。そうやって生育したバイオマスを食べて増えるオーランチオキトリウムなどの従属栄養藻を利用するとなると、三次の立場になる。よって、現状では、自動車のエネルギー源として太陽光発電による電力こそがもっとも有効だと言わざるをえない。


ちなみに、CIS系太陽電池だと「エネルギー回収年数」が0・5年程度と言われ、かつ寿命が25年もあるので、レシオは非常に優れている。しかも、モーターはその電力の9割を動力に変換できる。これは一部の懸念とは異なり、太陽光発電由来の電力で太陽電池を製造し、かつEVを走らせることが理に適っていることを示している(*ただし、そのペイバックタイムが鉱石などの原料段階からか、それともあくまで工場内での投入エネルギーに限定されるのか、識者の教示を請うところである)。


しかしながら、運輸部門の電化には限界があることも確かである。たとえば、船舶は完全電化が難しく、ジェット機に至っては不可能だ。おそらく、将来的に船舶はHVが主流化するだろうが、航空機は液体燃料に依存し続ける(*水素燃料という手もあるが、別途記述する)。そして1千万kl程度のバイオ燃料ならば、国内生産でなんとかなりそうだ。たとえば、植物性廃油の回収率を上げるだけで、100万klのディーゼル油にはなろう。


それゆえ、運輸部門の持続可能化にあたり、「自動車はEVにし、船舶・航空機はバイオ燃料駆動にする」というふうに、きっちりと線引きすべきなのだ。そうすれば、自動車のエネルギー源も、船舶・航空機のエネルギー源も、ともに自給自足の道が開けよう。


また、バイオ燃料のニーズは運輸部門に留まらない。以前にも言ったが、産業部門も大量のバイオ燃料を必要としている。農林水産・鉱工業もそうだが、何より化学産業にとってナフサの代替原料が不可欠だ。よって全体でいえば、「自動車や農機・建機、工場動力など、電化できる需要体はできる限り電化し、ジェット機や化学用原料のようにどうしても電化不可能なそれへバイオ燃料を充てていく」という基本方針が必要だ。


前回の「その5・石油産業のバイオ産業への転換を支援しよう」でも触れたが、日本が今日の石油需要分を完全に自給しようと思えば、最終的に6〜7千万kl程度のバイオ燃料は必要不可欠だ。果たして、これだけの分が国内生産できるか否か。小規模産油国になるに等しく、かなり微妙なところだ。おそらく、あらゆる手段を動員する必要がある。


たとえば、休耕田や耕作放棄地などを積極的に活用する必要がある。湖・池・沼なども利用すべきだ。光合成促進材として、火力や製鉄所などの排ガスも再利用していかねばならない。これはCO2の資源化にもなり一石二鳥だ。光合成藻類だけでなく、日本中の下水処理場やゴミ処理場で、オーランチオキトリウムなどの従属栄養藻類も活用する。生産設備追加のための公共事業が必要だ。また、今言ったように、陸域だけでは土地に限りがあるので、海域にも進出し、海藻を利用していくことも必要になろう。よって、農業だけでなく、漁業でも新たな雇用が生まれるかもしれない。いずれにしても、政府・自治体・企業・市民が互いに協力し合ってはじめて成し遂げられる大事業になると思う。


私の主観だが、やってやれないことはなさそうだ。


(シリーズ「石油文明からメタン文明へ」24 フリーライター山田高明)



(山田 高明)
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