人材不足や事業継続の難しさが指摘されてきた女性の起業家が日本の産業界で徐々に増え、資金調達額も伸びるといった「地殻変動」が起きている。日本政策金融公庫(日本公庫)によると、女性起業家向けの融資件数は2012年度に前年度比21%増の3226社となり、融資額も46%増の217億円となった。デフレからの脱却を目指す日本経済を成長軌道に乗せるには、活発な起業で産業の新陳代謝を図ることが欠かせないだけに、安倍晋三政権が成長戦略の中核に位置づける「女性の活躍」の具体化を急ぐ必要がありそうだ。


 25日に開業10周年を迎えた六本木ヒルズ(東京都港区)の49階にある「アカデミーヒルズ」で、元一橋大学イノベーション研究センター長の米倉誠一郎氏が塾長を務める「日本元気塾」が2009年6月の開講以来、3期にわたって盛況を続けている。「人間が人間に熱い思いを伝える」という日本古来の塾形式を通じ、300人を超える社会人が学び、起業家も輩出した。


 中国の女性消費者専門のマーケティング会社「リブラ」(港区)を2010年4月に興した沖野真紀さんもその一人だ。塾を受講していた当時、沖野さんは米金融グループ、ゴールドマン・サックスの日本法人に在籍していた。起業に踏み切ったのは「日本が経済大国としてもう一度輝くには、アジアの成長を取り込むことが欠かせない」との思いからだったという。


 中国の化粧品・製薬市場の規模は大きく、今後の成長が見込まれるものの、日本メーカーの多くは浸透し切れていないと判断。現地ニーズの細かな動向をメーカー側に伝え、ビジネスチャンスの拡大につなげる役割を担うべく、沖野さんは日本と中国、台湾を飛び回っている。


 日本公庫によると、女性起業家向けの融資が大幅に伸びているのは08年秋のリーマン・ショックや11年3月の東日本大震災によるダメージから徐々に脱却したことも要因の一つという。


 女性の起業では美容や飲食、エステティックなどの業種が上位を占める一方、100万〜200万円程度の融資で事業を立ち上げる「プチ起業」が最近増加。自宅を拠点にした雑貨販売などが多く、日本公庫の中嶋浩子・創業支援グループリーダー代理は「震災の影響で『癒やし』をテーマに取り入れる事業が目立ってきた」と話す。


 監査法人のトーマツグループが手掛けるトーマツベンチャーサポートの斎藤祐馬・事業開発部長は「女性は男性と目の付けどころが全く異なる分だけ、起業のネタはたくさんある」と指摘する。


 日本の伝統工芸技術を駆使して作られた日常品を取り扱うベンチャー「和(あ)える」(港区)も、これまでにない発想の事業で注目を集めている。


 同社の矢島里佳社長は今春、慶大の大学院を修了したばかり。ものづくりの現場に憧れ、19歳のときに「職人に会いたい」と思ったことが起業のきっかけだ。JTBに掛け合って雑誌の連載の仕事を得て、全国各地の伝統産業の現場を取材した。そこで思い知らされたのは「資金が職人の手元に届かないと、伝統工芸は続かない」という現状だった。そこで、伝統技術に支えられた日常品を中心に据えた事業を始めることを決め、大学院在籍時に会社を立ち上げた。


 「感性の豊かな0〜6歳のときに優れたモノに触れれば、大人になってそれを選ぶようになる。伝統品は価格的に高いが、子供用であれば親もお金を惜しまない」と、ビジネスチャンスは十分あると判断。職人たちとのネットワークを自ら構築し、現在は湧き水ですいた和紙のボールや、離乳食用に使う桜の木のスプーンなどを扱っている。


 ビジネスモデルを認められ、経済産業省から受けた2000万円の補助金は人材育成など経営基盤の強化に充てる方針。矢島さんは「伝統技術は今が瀬戸際」という危機感を抱き、販売ルートの拡大に力を入れている。


 女性起業家を支援する動きも活発だ。日本政策投資銀行は2011年11月に「女性起業サポートセンター」を発足させ、12年に初めて実施した「女性新ビジネスプランコンペティション」では、600を超える事業アイデアの応募を集めた。日本公庫は女性を対象にした起業セミナーを12年度だけでも16回開き、13年度はさらに増やす構えだ。


 また、暮らしの延長線上にあるような事業ばかりでなく、ものづくりや素材の開発に関する女性の起業も少しずつ顕在化しているといい、日本公庫の山田康二・創業支援室長は「こうした流れを加速させたい」と話す。


 日本公庫の調査では、企業の創業で1社当たり平均4人の雇用が生まれる。12年度の女性起業家向けの融資では約1万3000人の雇用が確保された計算だ。雇用創出も成長戦略の要だけに、女性起業家を後押しする政策の早期実行が欠かせない。(伊藤俊祐)