【話の肖像画】ロボットスーツ「HAL」開発者・山海嘉之さん


 「HAL(ハル)」開発のスタート地点は、「体が不自由な人の身体機能の改善を、ロボットで支援したい」というところにありました。その延長線上に、健常者が使って大きな力を発揮したり、大変な作業を少しでも楽にしたり、という別の活用法が加わってきたのです。


 〈世界初のサイボーグ型ロボットスーツ「HAL」。その開発者として国内外から注目を集めている〉


 人は、体を動かそうとしたとき、脳から脊髄、運動神経、筋肉という順で神経信号が伝わり、その際に動作意思を反映した微弱な生体電位信号が皮膚の表面に漏れ出します。HALは、皮膚に貼ったセンサーで生体電位信号を読み取って筋肉の動きを予測し、モーターの補助で装着者の思い通りに体を動かすことができる随意制御システムを備えた装置です。


 さらに、生体電位信号を十分読み取れなくても、重心移動などを感知して動作を先読みし、スムーズな人の動きを再現する自律制御システムも組み込まれています。随意制御と自律制御という2つのシステムの混在を意味するハイブリッド(Hybrid=混在)アシスティブ(Assistive=支援)リム(Limb=手足)。その頭文字で「HAL」なんです。


 〈人の意思で動くHAL。応用分野は広い〉


 HALは介護や福祉の現場などで、下半身に障害がある方の歩行トレーニングなどに使われているほか、脳神経や筋肉に障害や疾患がある方の身体機能改善に効果があるとして、主に神経系難病患者を対象に治験が始まっています。


 どう機能改善をしていくか。リハビリテーションでは、固くなった関節をほぐしたり、動かなくなった手足を動かす補助をしたりします。手足が不自由な方々は、脳から筋肉につながる神経の伝達経路に何らかのダメージを負っていますが、機能改善で重要なのは、この伝達経路を再構築すること。HALは、人がある部位を動かす際の生体電位信号で動きますから、信号と実際の筋肉の動きが効率よくつながります。その結果、ある信号を発すれば、この筋肉が動くという神経伝達機能が再構築されるのです。


 一方、災害対策用のHALも開発しました。過酷な状況で作業する現場の作業員は、重い防御服を着たり、密閉された防御服の中を冷やす冷却装置を背負う必要がありますが、災害対策用HALなら、作業員を守りながら通常の作業ができます。


 よく、HALは医療機器なのか、福祉・介護機器なのか、ということを聞かれることがあります。でも、革新的技術は既存の枠組みに収まりきらないものです。米アップル製のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」も、当初は電話なのか、携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」の延長なのか、コンピューターなのかなどと問われました。


 HALは世界最先端の技術でできた革新的な装置。だからこそ多くの可能性があると思っています。(聞き手 豊吉広英)


 【プロフィル】山海嘉之(さんかい・よしゆき) 昭和33年、岡山市生まれ。筑波大学大学院工学研究科修了。平成3年から「HAL」の開発に着手し、10年に1号機を試作。16年にはHALなどの研究開発、製造、販売などを行う大学発ベンチャー企業「サイバーダイン」を設立した。筑波大学大学院システム情報工学研究科教授。工学博士。