アボット政権の誕生や、大手自動車工場の生産撤退発表など、昨年も大きなニュースが相次いだオーストラリア。今後日系企業はどんな方向に進んでいくのか。中田義文・シドニー商工会会頭に、昨年のオーストラリア経済や日系企業、そして今後の展望などについて聞いた。【聞き手・小坂恵敬】

 ――去年(2013年)のオーストラリア経済を振り返って、どんな印象を持ちましたか?

 2012年の下期ぐらいから徐々に、オーストラリア経済全体がスローダウンしているようです。ただ、年始に思ったよりは悪くはなっておらず、引き続きオーストラリア経済は、緩やかな下降局面にあるけれど底堅いという印象です。

 ――オーストラリアは2速経済といわれます

 その2速経済の中で、資源産業がオーストラリア経済を引っ張りましたが、労働党政権下で労組の影響力が強くなったことも重なり労働コストの上昇を招きました。さらに豪ドル高も組み合わさったことで、国際競争に晒されている製造業や観光業などが苦労しています。今後は、全体的にはある意味で正常な状態、つまり2速経済ではない、バランスのとれた状態になっていくのかなと思います。

 ――労働コスト高と豪ドル高はどうなるでしょうか

 労働コスト高は変わってもらわないと困るのですが、為替のように市場メカニズムでどうにかなるものではないです。この国での労働者の位置づけは歴史的なもので、労働党だから、労組だからということではなく、一般国民が 日本とは違う形で労働者のステータスを認めています。労働者にとって恵まれた国ですね。これは社会・経済が行き詰まらない限り、そう簡単には変わらないと思います。

 この状態を改善しないと行き詰まるということは、皆が声を大にして、政治家も言うし、我々も言うし、企業経営者も言っています。ただ、いざ実行するとなると ハードルが高く、厳しいものがあります。最後の砦というか、最後の一線ということでしょう。

 豊かな自然と資源、少ない人口が労働者に優しい社会を支えてくれているということでしょう。資源の種類が限定的だとリスクがありますが、オーストラリアには数多くの資源があります。また広大な大地、温暖な気候に支えられた農業ももっと伸びる余地があるでしょう。

 豪ドル高については景気の下降あるいは金融政策などによって徐々に解消されていくと思います。但し、為替は相対的なものなので、例えばアメリカが米ドルを刷り続ければなかなか(対米ドルでの)豪ドル安にはならないですね。

 ――政権が変わりましたが、一番の変化は?

 オーストラリアにとって良くなかったのは、前政権では下院が安定しないハングパーラメントだったことです。どちらの党が政権に就いたかよりも、ハングパーラメントを脱したことが一番の大きな変化です。

 労働党も保守連合(自由党・国民党)も、実は中心線を挟んだ左右にいるというだけで、政策面、特に経済政策ではそれほど大きく違いません。ハングパーラメントの問題は、外れた人たちの極端な声が政策に反映されることでした。

 ――アボット政権についてはどうでしょうか

 ビジネスをやっているものとしては、保守連合は経済成長に軸足を置いた、競争力を回復させる政策を掲げており、税制改革や、炭素税、資源税の廃止などの実行を期待しています。ただ、労働面では極端なことはせず、ステップ・バイ・ステップでやっていくでしょう。

 それと環境政策ですが、資源関係ではプロジェクトの許認可が前政権下では大変で難しい面がありましたが、そういった面での規制緩和を進めてくれることを期待しています。いずれにせよ、アボット政権下で日系企業にとってビジネス環境が良くなることを期待しています。

 

 ――前政権は資源ブームの終焉を宣言しました

 ブームをピークと言い換えれば、確かに2〜3年前がそうで、あの頃はほとんどの鉱産物が良かったです。資源産業にとっては中国や他の新興国の需要が一気に伸び、そのおかげで市況も上がって、供給が追いつかないということでプロジェクトの拡張投資が続きました。

 足元では品種ごとの違いが出てきています。例えば石炭は、需要面では中国の需要は堅調ですが、他の主要新興国のインドやブラジルなどの需要は停滞気味です。供給面ではシェールガスブームに伴い石炭が余剰になったアメリカからの石炭輸出が増加し、さらにオーストラリアの供給能力も大きく増加しました。需給双方の要因が重なって、世界的な供給過剰に陥り、市況が低迷しています。現在オーストラリアの石炭業界は厳しいリストラに取り組んでいます。

 ――アボット政権の景気浮揚策、特にインフラ政策についてどう思いますか

 オーストラリアは出生率も高く、移民も増えて人口が増えていく見込みです。見たところそんなに効率よく住宅が増えているとは思えないので、住宅やインフラが足りなくなることが予想されます。そこに投資することは間違っていないでしょう。今は金利が低いということで住宅購入が増え、価格が上がり、それなら住宅を作らなければという流れになっています。

 ――日本企業にとってはどんな影響があるでしょうか

 オーストラリアの内需をターゲットにしている日本企業にとってはビジネスチャンスになると思います。かつて日豪のビジネス関係は資源が重要でしたが、近年の課題は資源以外のビジネス機会の構築でした。その重要なターゲットにインフラ事業が位置づけられ、日豪間で具体的な検討も行われてきましたが、今後は実際のビジネス事例が増えていくでしょう。近年住宅関連の日系企業が進出されているのもそういった需要を見込んでのことだと思います。これからもまた進出する企業も増えてくるでしょう。

 ――コスト高という側面もあります

 確かに、駐在員を置く企業にとっては、オーストラリアのコスト高は頭が痛いです。住宅価格の上昇に加え、遠隔地勤務手当(LAFHA)の非課税措置が撤廃されたこともあり、駐在員コストが高くなりました。そのためオーストラリアでビジネスを展開しても、駐在員はミニマムにしていくのではないでしょうか。収益が下がれば、さらに駐在員を減らして、現地採用を増やすという動きは当然出てくるでしょう。

 ――日豪間のEPA(経済連携協定)が話題になっています

 日豪両政府ともに前向きな発言をしていますので、EPAが早期に締結されることを大いに期待しています。

 EPA締結は総論では間違いなく良い話ですが、業界間、あるいは同じ業界の中でも利害が反することがあるかもしれません。それを政府が大きな視点から、トータルでプラスがあると判断してまとめてほしいと思います。

 日本からオーストラリアへの投資は間違いなく増えていくと思います。日本は人口が減り、マーケットが縮小しています。すでに海外移転を進めている製造業に続いて、これまで日本の内需を中心にしていたサービス産業なども海外に出て行くと思います。そうした中で、オーストラリアは豊かで購買力があり、カントリーリスクも少ないことから、当地に進出する企業が増えるでしょうね。その動きを促進、支援する意味でもEPAの早期締結は必要だと思います。

 ――商工会議所として、日豪EPAでの要望は?

 日豪EPAの早期締結を強く期待していますが、EPAの具体的な内容については各業界、各社によって利害が相反することもあるので、商工会議所として個別具体的な要望を日豪両政府に出すといったことはできません。商工会議所の目的は、あくまで共通の利益の増進なので。

 商工会議所としてやるべきことは、もの申す機会を作るということです。大使館・総領事館経由でオーストラリア政府に会員企業の要望を伝えることがあります。また大使館・総領事館のアレンジで商工会議所から直接大臣などに意見を伝える場を設けて頂くこともあります。もちろん、いろんな企業がいるのでワンボイスとしてはやはり言えません。 要望の軽重を多数決で決めるわけにもいきませんので。

 ――ところで、オーストラリアにとって中国の重要度が増しているようです

 極端にいえば、かつてオーストラリアの資源を買っていたのは日本だけでした。今は中国、インドなどがあり、オーストラリアとしてはその分売り先が増えて、日本の重要度が相対的に低下しているのは否定できません。ただ、オーストラリアもすべて中国に依存していいとは思っていないので、上手く天秤にかけて、買い手間の競争原理を働かせていると思います。

 ――オーストラリアは資源事業で、中国よりも日本と組みたいと思っているでしょうか?

 日本企業を好むでしょう。日本企業とは長年にわたりジョイントベンチャーで上手くやってきましたから。多くのジョイントベンチャーにおいて、日本企業はマイナー権益でも積極的に参画しています。オーストラリアの会社がメジャー、日本企業がマイナーという形で参画することで事業がより安定し、全体としてプラスになれば良いという考えだと思います。

 

 一方、あくまでも個人的な意見ですが、中国企業はマイナー割合の出資には満足しないように思われます。マイナーでは意味がない、自分がコントロールしない限り不安だと。10%では駄目、51%でも不安、100%で完全に自分のものにしないと安心できない。そういう意味では価値観の違いがあると思います。また中国企業は国営企業が多いですし、契約概念もちょっと違いますし。

 ――来年の商工会議所はどんな活動を予定されていますか

 基本的には従来の活動を地道に続けていきます。シドニーには専従の事務局があり会員数も多いので、会員の皆様のプラスになる各種セミナー、企業・工場視察など、6つの業種ごとに開催する部会活動を数多く実施したいと考えています。また商工会議所が発行している「オーストラリア概要」も結構すぐれものですが、こちらの編集・発行も行います。さらにシドニー日本人学校へ講師を派遣するといった社会貢献活動も行っています。こういった地道な活動に加え、アボット政権などへの要望も機会をとらえて行っていきたいと思います。

 それから、日豪間の友好親善も商工会議所の重要な目的なので、日本人会や日本クラブなどの日系団体と一緒に取り組んでいきたいと思います。

 特に来年はカウラ事件(※)の70周年にあたり、8月上旬には記念行事が行われる予定ですので、日系団体、大使館、領事館、カウラの地元のコミュニティーなどと共に、記念行事を盛り上げて行きたいと思います。(了)(インタビューは昨年末に実施)

 (※第二次世界大戦中の1944年8月5日、ニューサウスウェールズ州のカウラにあった捕虜収容所で起きた日本兵捕虜の脱走事件。オーストラリア人4人と日本人231人の計235人が死亡した)